♪♪大島ミチル オフィシャルサイト♪♪

VOL.2 小学生編

2007.07.12 4:30-up!

以前、私が生まれた時から幼稚園時代までのコラムを書いた事がありますが、久しぶりにその続きを書きましょう!

 小学生に入ったばかりの私は3月生まれと言う事もあってとても小柄な子供でした。でも、その面影は今でもそのまま!何故ならば・・・数年前、スタジオで子供時代同じ社宅に住んでいた友達に会いました。ある有名な歌手のマネージャーをしている彼女がそこで手に持っていたのは、なんと、小学生の低学年の時の皆で並んで撮った写真でした。スタジオの演奏家たち曰く「全く変わっていないね~、そのまんまじゃない!」

 と言われるくらい成長のない私ですが、さて小学校2年生の時に始めたエレクトーンですが、最初は嫌で嫌でしかたがなく、その頃の一行日記?には「明日になったら止めるとお母さんに言おう」と書いてありました。ともかく、同じクラスの男の子がいつも泣いてばかりで、しかも演奏する曲もつまらなく、しかたがなく通っていたのです。
 ところが約一年後のある時、いきなり一人新しいクラスに移らされたのですが、その時のショックは今でもよく覚えています。ともかく皆上手い!しかも初めて聴くお洒落な曲ばかり。それから今までの退屈なレッスンがいきなり楽しくてしょうがない毎日に変わったのです。その時の本はいろんなシリーズに分かれていました。「映画音楽集」「ビートルズ集」「ラテン音楽集」「ロック音楽集」などなど・・・。ともかく弾く曲弾く曲面白くてしょうがかったのです。全部の本の全曲をマスターしたくて、毎日夜中の3時頃まで練習していた記憶があります。(エレクトーンはヘッドホーンが使えますから深夜でも練習可能なのです。)
 
 毎日学校から帰ると、まずは近所の友達とバレーボールしたり鬼ごっこしたり駆けずり回って、そして夕食まで勉強をして、そして夕食後はひたすら練習をする毎日でした。夏休みになると、港から船に乗って小さな島へ行き、そこにある水泳訓練施設に通うのが夏休みの日課でもありました。「前見てるの?後ろ見ているの?」と冗談で言われるくらいに真っ黒!その頃体をたっぷり鍛えたおかげで、私の姉弟も全員未だに風邪を引く以外の病気は全くしないと言う健康体に育ちました。(今ではその島も埋め立てられて無くなってしまいましたが・・・)
 もう一つ、記憶にある事では、父親が買って来た本を(20ページくらいある本だったと思います)翌日までに全部のせりふ(文章)を完璧に暗記して、夕食後に発表すると言う事を何故だかやらせられていました。ともかく、学校の学芸会でもやって先生が驚いた程、記憶力と言うのか集中力は並外れたものがありました。
 
 さて、エレクトーンの事で私自身に大きな変化をもたらせたのは、コンクールに出場すると言う事でした。 小学4年生の時に初めて予選に出させられましたが・・もちろん予選落ち!でも、それをきっかけに今まで以上に猛練習をする様になったのです。翌年の5年生の時には県大会で3位、九州大会に出場、6年生からは自分のオリジナル曲を演奏すると言う規則になったために作曲まで始めたのです。練習する曲も殆どの本をマスターしてしまったために演奏したい曲が無くなってしまって、好きな音楽を耳コピーすると言う事を毎日枕元に置いたカセットテープでやっていました。実はクラシックは全く聴いていなくて、シカゴやチェイスやBSTと言うブラスロックが大好きでした。その上、ELPやモダンジャズ、映画音楽(アラビアのローレンス)、大河ドラマのテーマなどかなりスケールの大きい音楽も好きで演奏していましたから、今の私の音楽にはかなり影響を与えているのではないでしょうか?今の私しか知らない人は「クラシック育ち」だと思っている人がかなりなのですが実は全く違っていて、ロック出身だったのです!
 子供の頃に母にはよく言われました。「もっと静かな音楽を演奏してくれない?」と。それからもう一つ大人になって母に言われたせりふの一つに「あの頃、家族皆で旅行しようと話している時にあなたこう言ったの覚えている?・・・『皆で行っておいでよ。私は一人お留守番してエレクトーン練習しているから!』って言ったのよ」と。えっ?どうしたかって?もちろんちゃんと家族全員で旅行に行きましたよ。でも、それくらいに音楽が好きだったのですね~。

 今回は小学生編でした!
 では続きはまた今度!

 大島ミチル

Archives

Contents

COLUMN
  • VOL.1:音楽との出会い
  • VOL.2 小学生編
  • VOL.3:夏休み・・・じゃないけど(1)
  • VOL.4:夏休み・・・じゃないけど(2)
  • RSS